結び糸

また・・・宇宙旅行へ出かけた。

『椅子を倒しますよ』
マスクをかけ、淡いブルーの防御服に身を包んだ女性の声が
静かに、しかし事務的に私の頭上から下りてくる。
『ハイ』と私は従い、緊張感を漂わせる
硬めのリクライニングの中へ身を沈めた。
『少し寒いのです』
直ぐに足元に毛布がかけられた。
『オハヨウ!』
突然、私の頬を優しく両手で触れながら、
宇宙旅行のパートナーが私の狭い視野に入り込んできた。
この宇宙船のボス。
いつものスタイル・・・不織布のキャップで頭を被い、
マスク・やはり防御服・・・いよいよカウントダウンの始まり。

片目がさまよう宇宙の世界・・・
大量の水が私の左眼を被い隠す
その瞬間から、私は一気に地球をはなれ宇宙へ飛び出すのだ。
暗黒の中から、キラキラと幾重にも広がる
光の層が現れ・・・私の脳が少しだけ揺らぐ
もやもやと、乳白色の霧の中から、
砂漠とも、丘とも思える斜面・・・
強烈なひかりが斜めに差し込んでくる・・・
緊張と、空白と、少しの痛みと・・・
その後に訪れる揺らぎ・・・
その繰り返しがとめどなく続く宇宙の旅
そこには恐怖は決して無いのだ・・・
ボスと旅する未知の世界は、
いつも恐怖と無縁なのだ・・・

私のこの瞳の中に焼き付けてきた不要なすべてのモノを
ボスは一つ一つ切り取っている・・・
そして宇宙の果てへと捨て去っている・・・
その作業をする為に私達は、宇宙へと旅に出た・・・

二度と邪魔者が入り込まぬよう縫い封じてください!
私はどんな痛みにも耐えうることが出来ます
『ちゃんと結んでおかないと、緩んでくるから・・・』
何度も何度も輪をくぐらせて、
ぎゅっと結んでいるその小さな結び目には、
ボスのどんな思いが込められているのだろう・・

その指先から出来上がっていく、
結び目を私は息をひそめて数えていた・・・
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・
この私の中の10糸の結び目は、魂の結び糸・・・
痛みは、すでに苦痛ではなく・・・
不思議な戦慄となって私の中へと広がって行く・・・



5月の連休は、退院後の薬の副作用の中から始まった・・・
食欲減退・手足のしびれ、それにもまして今回は脱力感と虚無感がおまけにくっ付いてきた。
沢山の点眼薬を使ったため、眼の中が荒れてしまい、高めになった眼圧を下げる為に苦肉の策で服用した苦手な薬であった。
初めて体験した、「鬱状態」。どんな手術にも頑張れた私だったが・・・自分で自分の心をコントロールできない辛さを悲しく思った。
薬物の副作用・・・多くの患者が薬の副作用で苦しんでいると聞く。
何かを得る為には、何かを棄てなければならない。表があれば必ず裏がある。夜と朝。明と暗。
私は、手術を受けるたびに・・・何かを学んで行っているようである。
これから先、又宇宙旅行へ出かけることも・・・有るかも知れぬ。
一生付き合っていく病を愛おしくさえ思うのである。そして『眼』と言う不思議な器官のメカニズムに感動している。
眼の腫れも・・・中々しぶとく引いてくれないが、そろそろモチベーションを上げていかないと、仕事に影響してしまう!
ひとつ歳を重ねて・・・生かされていることへの感謝をこんなに感じたことも無い。“痛み”とは・・生きていく為の活力なのかもしれない。
さぁ! 何が待っていてくれるのか?新たな1歩を踏み出そう!

 

2006年5月11日 Terumi Niki

写真は「フロウ草」

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