「春一番」にしては・・冷たい風のようでした。そして強風でした。被害を受けられた方もいらしたようで・・・
なにやら日本列島、前途多難な春を感じます。

私は15日 伊豆修善寺でリーディングステージがありました。『ラフォーレ修善寺』で開催された<狩野川朗読会>で『修善寺物語』を読ませていただきました。長編の難しい語り口調の作品ですが・・・何度も読み深めて行く内に、ふと・・作品の中に迷い込む事が出来たようでした。70名近いお客様も、楽しんで下さったようで・・少し肩の荷が降りました。北海道から参加してくださった、ギタリストの扇柳氏にも感謝です。素敵な空間を演出して私を助けてくださいました。翌日は物語の主人公である「頼家」の墓参と「修禅寺」を訪ねました。そして箱根鉄道に乗り修善寺→三島間の春浅い小さな旅をしながら鎌倉へ戻りました。
初めて訪れた「修善寺」ホッとできる優しい場所でありました。

さて、実は私、来月鎌倉を離れる事になりました。
生まれ育った世田谷の実家に両親と少しだけ距離を保ちながら、暮らす事を決心しました。高齢になった両親・まだまだ元気で<太極拳>などの指導を行なっていますが・・鎌倉と世田谷では少し心配な距離になって来ました。
色々な人生を味わいながら生きてきて・・ふと、生まれ育った地に戻って行くという事を・・・すんなり?受け入れている自分が不思議でもありますが、それは自然の流れなのだろう〜と思っています。仏教で『空』になる。とよく聞きますが、何だか今の私は、それに似た心境なのかもしれません。
全てのものに抵抗することなく力の抜けた私が居て・・在るがままの自分と向き合って見たい。その場所はやはり生まれ故郷であり、幸せな事に両親の近くであったようでした。
そして、そんな在るがままの私に蘇生してくれたのが『鎌倉』という地であったのかもしれません。
丸3年という時間が私には必要だった。人を憎む事・孤独と向き合う事・許す事・受け入れて感謝し、信じ愛する・そんな事を再確認できたのは・・・湘南の海だったのかもしれません。
あまりにも潔い自然の姿に圧倒され、歴史の建物の中で合掌する時間を持てた事。海も寺院もあまりにも遥かすぎて・・・自分のちっぽけさに愕然としました。
50代最後の年に新たな私の巣作りが始まります。
ダンボールの積み重なっている部屋で、画鋲の後をそっとなぞりながら・・人生の忘れられない時を過ごした<鎌倉時間>のカウントダウンしています。
私の卒業式です。・・・何の?(笑)
3月からは『せたがやの風』に〜?改めて、どうぞよろしく!

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今月の写真:トップは「修善寺からの富士」、これは「新井旅館前で」です

2008年2月25日 Terumi Niki

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